秘密の地図を描こう
34
ラクスとマルキオの依頼を受けてギルバートの顔を見に来ただけなのに、厄介事を押しつけられた。
キラの護衛の話を持ちかけられたとき、真っ先に考えたのはそれだ。それでも引き受けたのは、彼が《成功作》で自分が《失敗作》と言われていたからだろう。
自分達は、いったい、何が違うのか。
それをこの目で確かめたかったのだ。
もちろん、あの頃抱いていた彼に対する憎しみは、すでにない。それは彼が一緒に持って行ってくれた。だから、今の自分の中にあるのは、純然たる好奇心だけだ。
「キラさん、前を見ないと危ないですよ」
しかし、ここまで抜けているとは思わなかった。
いや、それは違う。
自分達のように《軍人》としての教育を受けていない人間としてみれば、キラの言動は普通なのではないか。
もっとも、それがよいことなのかどうかはわからない。
少なくとも、戦闘能力だけを考えればマイナスだろう。しかし、彼は自分と違って誰かの命を救う術も知っている。
ひょっとすれば失敗作と成功作の差はそこにあるのではないか。
だとするならば、納得だ……と心の中で呟く。
「しかし、あいつにとってはそれは不幸かもしれないな」
小さな声でそう告げた。
だから、彼は狙われる。それでも、相手の命を奪うこともできないのではないか。
「だから、周囲の者がやきもきすると言うわけだな」
難しい問題だ、と思う。
その上、周囲の者達は者達でキラを甘やかしているようだし、と苦笑を浮かべた。
「まぁ、俺はじっくりと値踏みさせてもらおう」
自分が手を貸すに値するかどうかを、と笑う。
「……まぁ、あのうかつぶりには感嘆するしかないがな」
別の意味で、と告げる。
「それとも、今が平時だからか?」
無意識に使い分けをしているのだろうか。そう呟いたときだ。不意にキラが視線を移動させる。
「……その可能性はあるな」
確かに、と呟くと同時に笑みが深まった。
まっすぐにキラに向かって走ってくる相手が確認できる。
「馬鹿ではないようだが、一応、阻止しておいた方がいいだろうな」
殺気は感じられないから物取りか何かではないだろうか。キラの動きを見て与しやすいと思ったのだろう。
「下がってろ」
言葉とともに二人の前に出る。
「カナードさん」
キラが驚いたように彼の名を呼ぶ。
「俺の役目だろう?」
それよりも、後の対処の方が厄介だ。もっとも、それはレイに押しつけてしまえばいいか、とすぐに判断をする。
だが、自分の動きが見えているはずなのに思いとどまらない相手に、カナードは眉根を寄せた。
「何を考えているんだ?」
こちらを侮っているのか。それとも、別の理由があるのか……と心の中で呟く。
「捕まえてみればわかるか」
それが一番手っ取り早い。だが、そのためには相手を傷つけずにたたきのめす必要があるだろう。
だが、その手加減が難しい。
話ができればいいことにしてもらおうか。
「それがいいな」
万が一、多少やり過ぎても、依頼人が何とかしてくれるはずだ。
と言うよりも、何とかさせよう。
そう考えると同時に、彼は行動を開始した。
近づいてきた相手の足をすくう。そのままバランスを崩した相手の背中を思い切り蹴飛ばした。
当然のごとく、相手は地面に転がる。
その背中を踏みつけた。
「警察を呼べ」
そのままレイへと視線を向ける。
「……わかりました」
悔しげな表情で彼はそう言った。おそらく、自分でも対処できたと考えているのだろう。
まぁ、そういう矜持の高さは嫌いではない。
「とりあえず、無事だな」
そんなことを考えながらキラに問いかける。
「はい。ありがとうございます」
そうすれば、彼は申し訳なさそうな表情で礼の言葉を口にした。助けられて当然ではないが、してもらったことにはきちんと感謝している、と言うところか。
「カナードさんは……大丈夫そうですね」
そう言って笑う彼にカナードも笑い返した。